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医師語一会:医療最前線 これが医師の現場だ

※日経BP社発行 メディカルストーリー入試直前号より転載

多様な職業を知ったうえで医師を選択してほしい

――最初に、これまでの経歴を紹介してください。

赤星 静岡県立浜松北高校を卒業して、一浪後、東京医科歯科大学に入学しました。卒後の2年間は初期臨床研修が義務づけられています。スーパーローテーション研修と呼ばれ、さまざまな診療科を数か月ずつ経験して、医師としての基礎的な知識・技術を身につける期間です。私は、1年目は大学病院、2年目は茨城県の総合病院で研修を行いました。その後、3年間の民間病院勤務を経て、現在は東京医科歯科大学で社会人大学院生として学びながら、大学病院の肝胆膵・総合外科の医員を兼任しています。

三澤 東京学芸大学附属高校から千葉大学医学部に進みました。私の大学卒業当時は、まだスーパーローテーション研修の制度は設けられていなかったので、卒業後、大学病院の神経内科に入局し、4年間、関連病院に勤務しました。その後、大学院に進学し、修了後も研究を続けたいという思いが強かったため、大学に残り、現在は千葉大学大学院医学研究院で神経内科学の講師を務めています。

谷口 駒場東邦高校から東京大学医学部に進みました。私もスーパーローテーション研修が始まる前の世代なので、卒業と同時に東京大学医学部附属病院の整形外科に入局し、整形外科医としてのキャリアをスタートさせました。現在は、大学病院で主に脊椎・脊髄疾患の治療を担当しています。

――医師をめざされたきっかけは、何だったのでしょうか。

谷口 あまり大層な志望動機ではありません(笑)。父が整形外科医だったため、 幼い頃から自然と医師をめざすようになりました。

三澤 私も同様で、医師の多い家系で育ち周囲からの期待もあって、何となく選択した感じです。最初から医師しか考えていなかったため、ほかの職業に関する情報を集めることもなく、広い視野で職業を選択しなかったことは反省点でもあります。皆さんには、多様な職業を知ったうえで、医師を選択してほしいと思います。

赤星 私は、小学6年生のときの祖父の死が影響しています。祖父が背中の痛みを訴えたとき、筋肉の痛みと思っていたのですが、翌日、救急車で運ばれて亡くなり、大変ショックを受けました。心筋梗塞という病名を聞き、どんな病気だろうと図書館で調べました。すると、心臓の血管が詰まって胸が痛くなる病気だが、背中に痛みが出ることもあると書かれていました。もし自分に知識があったら、前日に病院に連れて行き、助けることができたのではないかと悔しい思いをしました。その経験から、自分の大切な人を救えるようになりたいという気持ちが生まれ、医師をめざすようになりました。

基礎研究と臨床の両面に取り組む

――次に、現在の専門領域を紹介してください。

三澤 専門は神経内科です。よく精神科と混同されるのですが、神経内科は脳、脊髄、末梢神経などを対象領域にしています。私の研究者としてのキャリアは大学院時代からスタートしているのですが、めざしているのは特定の研究分野を究めることではなく、臨床医としてのスキルアップを図るために研究するというスタンスを大切にしています。大学院時代の指導教官が臨床を重視している先生で、患者さんの話を聞いて、その症状のメカニズムを知るために生理学的な研究を行い、その成果をまた患者さんにフィードバックする、つまり臨床と研究の橋渡しを大切にされていました。その姿勢にあこがれて、先生と同じ末梢神経を専門分野に選びました。ですから現在は、生理学的な研究と、臨床医として患者さんに対応する業務の両方に携わっています。

谷口 私は整形外科を専門にしています。美容整形を思い浮かべるかもしれませんが、整形外科は骨、関節、脊椎などの不具合を治療する診療科であり、美容整形を担当するのは形成外科です。私はとくに、脊椎の診断と手術を含めた治療を担当しています。当初は、全人口の0・7%が罹患するといわれる関節リウマチを専門にしようと思っていたのですが、入局後、脊椎の病気で来院する患者さんが多く、手足がしびれて動かなくなり、耐えがたい痛みに苦しんでいる様子を見ました。そうした患者さんに、きちんとした診断を施し手術で治すことで、感謝の言葉をかけられることにやりがいを感じて脊椎外科を志すことにしました
 また、最近では、日本の医療全体のことも考えるようになってきました。超高齢化社会で平均寿命は伸びていますが、実は健康寿命との格差も生じており、寿命が長くなった分、寝たきりの期間が増えているのが実情です。整形外科医として、人々の健康寿命の伸長にどのように貢献できるか、私にとって今後の重要なテーマになります。とくに「歩ける」ということは大切なポイントですから、椎間板の変性などの基礎研究にも取り組みたいですね。そうした基礎研究を重視することは、東京大学の使命でもあると考えています。

赤星 外科では、がん治療が大きなウエートを占めています。がん治療というと手術のイメージが強いかもしれませんが、実際には手術だけでなく、化学療法、放射線治療、緩和医療など、さまざまな治療法を集結させる「集学的治療」が不可欠になります。それらのすべての治療に精通し、最先端を追い求める姿勢が要求されるのです。そこで私は、手術技術の研鑽に努めることと並行して、肝臓癌の新たな治療法の発展に貢献する目的で、肝臓癌を悪化させる因子に関する基礎研究にも取り組んでいます

海外留学のチャンスはぜひ活用しよう

――海外留学の経験はありますか。また、その経験が医師として生かせる面はあるでしょうか。

赤星 東京医科歯科大学は「世界に貢献できる人材育成」を掲げており、海外留学制度が充実しています。私も6年次に3か月間、米ハーバード・メディカルスクールの関連病院で、学生実習を経験しました。その選考に合格するために、4年次の夏休みには、カナダに語学留学に出かけ、英語力を高めました。それでも、当初は下手な英語で、他の国からの留学生からあきれられるほどでしたが、2か月も経つと多少は自分の意見を述べたり、英語のカルテも書けるようになりました。自分を成長させる機会になったと感じています。

谷口 私は留学経験はないのですが、チャンスがあったら、ぜひ活用すべきです。今後は世界と協力して医療を進める時代になっていきます。その際に、欧米人にコンプレックスを抱いて、自分の見解が伝えられないようでは勝負にならないからです。

三澤 私も留学経験はありません。女性の場合、結婚・出産した後で留学するのは難しいことが多いのでできるだけ若い時期に計画を立ててチャレンジすることが大切です

患者さんの笑顔が医師としてのやりがい

――医師という職業のやりがいは、何だとお考えでしょうか。

赤星 元気になっていく患者さんや、その家族の笑顔に接すると、頑張ってよかったという気持ちになります。医師は日々、やりがいを感じることができる仕事です

谷口 同感です。とくに整形外科は、治療の成果が目に見えてわかる診療科です。重症な患者さんが歩けるようになって喜んでいる様子がダイレクトに伝わってくるところにやりがいを感じています。

三澤 年代によって、医師のやりがいは変わってくる面もあります。医師になった最初の頃は、目の前の患者さんのニーズに何とか応えたいということが目標でしたし、さまざまな手技を習得したいという意欲も旺盛で、その習得自体が楽しみでもありました。けれども、医師になって10年以上過ぎると、医学生の教育や医師向けの講演、論文執筆など、情報発信の業務が増えてきます。的確で有用な情報の発信は、目の前の患者さんだけでなく、遠方の患者さんの役にも立てるわけで、私にとって新しいやりがいになっています。

多忙な生活を辛いと思ったことはない

──逆に、医師の仕事で苦しいことはありますか。

三澤 多くの方々は、とくに研修医時代は多忙で休みがなく、睡眠時間も満足にとれない苦しい時期だと想われているかもしれません。けれども、私はそれを辛いと感じたことはありません。きちんと患者さんを治療できる医師になりたいという思いでいっぱいで、日々充実していたからです。唯一、悩んだ時期は、大学院を修了した頃です。研究を続けたいと思うものの、スキルがまだ不足しているし、臨床医としても半人前の状況で、自分の将来の方向性が見えず、精神的に厳しかったですね。

赤星 私も多忙な生活を辛いと思ったことはありません。ただ、外科は人の死に目に立ち会うことが多い診療科でもあります。そんなときはやはり、家族と同じように悲しい気持ちでいっぱいになりますね。

谷口 先ほども申し上げたように、整形外科は、結果がわかりやすい診療科です。脊椎の手術では非常にまれなケースですが、手術後に麻痺が生じることがあります。全力を尽くした結果なのですが、患者さんの失望した様子を見るのは辛いですね。また、脊髄損傷の患者さんを診療するときも、悩ましい面があります。脊髄神経は手足に延びる唯一の神経伝達通路なので、首が脱臼すると、手足が二度と動かなくなってしまうのです。かなり減少してはいますが、酒に酔ってダイブして、手足が麻痺した患者さんもやってきます。完治が見込めない患者さんをどうやって励ませばいいのか、難しさを感じています。

女性医師が働きやすい労働環境の整備も進行

写真1

──三澤先生には、女性医師として活動するうえでの悩みもお聞きしたいと思います。

三澤 医療現場で、女性差別や働きにくさを感じたことは一切ありません。ただし、医師として、最も勉強し成長を遂げなければならない時期と、出産・育児に適した時期が、完全に重なることは確かです。私自身、出産・育児をきっかけに、それまで積み上げたキャリアが全部失われるのではないかという恐怖感があり、精神的に苦しみました。結局、それ以上高齢になるとリスクが大きくなると思い、34歳で出産を決意しました。けれども、今振り返ると、辛い時期でしたが、それを乗り越えたからこそ、現在、育児と仕事が両立できている喜びを痛感していますし、家族や同僚の支えにも感謝しています。

谷口 卒後の新規医師の3~4割が女性です。そのため整形外科でも、現場の医療のレベルを維持するには、女性医師の力が不可欠なのが実情です。その状況は大学側でも理解しており、保育園の送り迎えなどが必要な女性医師のために、時短制度の導入など、労働環境の整備が進行しています。

医師は安定した職業という状況は続くのか

写真2 ↑医学部進学フェスタの一環として開催されたシンポジウム。
ほかに「現役医学生によるトークセッション」や各医大による相談コーナーなどもあり、1,000 人近くの受験生・保護者が来場した。

──リーマンショック以降、安定志向から医学部人気が高まっています。今後も、医師は安定した職業という状況が続くでしょうか。

三澤 かなり厳しい状況になるかもしれないと思っています。国民皆保険制度など、先行きが不透明な問題も少なくないからです。ただし、どんな状況になっても、きちんと目の前の課題に向き合い、医師としての実力を高めることが最重要であることに変わりはありません。その姿勢が大切であると考えています。

谷口 私も、これまでの30年と、今後の30年が同じように続くかというと、それは難しいと思っています。厚生労働省によると、年間の医療費は約40兆円で、国家予算の半分近くにのぼっています。国の財政赤字が1000兆円を超えていることを考えると、国民皆保険制度を現状のまま維持するのは困難でしょう。現在の医師の立場は、日本全国どこでも格差なく治療が受けられる国民皆保険制度に守られている側面が大きく、この制度が瓦解すれば、従来のままというわけにはいかないでしょう。もっとも、それはほかの業種でも同じで、大企業に入社したから一生安泰の時代ではありません。医師の世界でも競争原理が働くようになっていくわけですが、それは健全なことでもあります。専門的な知識・技術を身につけて、患者さんにきちんと対応できる医師であれば、何の問題もないのです。

赤星 お金を稼ぐ目的で医師をめざすというのなら、やめておいた方がいいでしょう(笑)。初任給は他業種より高めかもしれませんが、一定の年齢を経ると一般企業の方が給与が高いケースも多いですし、プライベートな時間も確保されています。開業医なら高収入が得られるかもしれませんが、実家が開業している場合は別として、勤務医が開業するのは苦労がともないます。とくに外科で手術が可能な病院となると、相当な資金が必要になります。内科のクリニックなら可能性はありますが、それでは私がめざす手術医療を断念することになります。お金を稼ぐことと、医師としての目標を達成することは、なかなか両立しないと思っていた方がいいでしょう。

中高時代の勉強は将来、必ず役に立つ

──これから医学部をめざす中高生に、どんな学びを期待するのか、アドバイスをお願いします。

谷口 医師の世界は意外に閉鎖的な社会です。私は総合大学に入ったのですが、それでもいつも一緒にいたのは医学部の学生ばかりで、医師になってからも顔を合わせるのは医療関係者がほとんどです。こんな環境が続くと浮世離れしてしまうのではないかという恐怖感もあります(笑)。そんな私にとって救いになっているのが、中高時代のバスケットボール部の仲間の存在です。今でも年数回集まる機会を設けており、多様な業界に進んだ仲間の話を聞くことは刺激になりますし、感性も広げることができます。ですから、保護者は、子どもの成績が多少伸び悩むとすぐに部活動どころではないと思うかもしれませんが、勉強のために部活動を犠牲することは絶対に避けてほしいと思います。部活動をやり切った人の方が、受験勉強も頑張れるはずです。

赤星 医学部のハードルは高く、医師になろうという熱意を持続させるのは簡単なことではありません。私自身、現役生のときは、医学部の合格ラインと自分のレベルとのギャップの大きさに愕然として、医学部を断念し、他学部を受験しました。それも不合格になり、落ち込んでいたのですが、浪人生になって最初の1か月間、医療関連の本をたくさん読んだことがよかったと思っています。やはり医師をめざそうという思いが沸き上がってきたからです。それによって、1年間頑張り抜いて合格することができました。

三澤 残念ながら、中高時代の私は、入試に合格するためだけの勉強に終始していました。けれども、医師になって痛感するのは、中高時代の勉強は必ず社会に出てから役立つということです。たとえば、「サイコロを6回振って1が出る確率なんて、私の人生に何の関係もない」と思っていましたが(笑)、実は医療現場では確率・統計の感覚はきわめて重要になります。国際学会に出席し、外国人と学問的なディスカッションをしたり、海外の製薬企業関係者に薬の提供に関するネゴシエーションをしたりする機会も多く、英語力も不可欠です。そんな長期的な展望を持って、中高時代の勉強を頑張ってほしいと思います。

司会進行 千田 敏之
日経 BP社 医療局編集員・元日経メディカル編集長
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