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医学部に強い中高

2019.06.20

【豊島岡女子学園中学校・高等学校】
ダンス部部長としての責任と自覚がコミュニケーション力を磨き、自分を成長させてくれた

地域医療を支える中核病院で麻酔科専門医として活躍しながら、大学病院での勤務や産業医の活動にも取り組んでいる保富佐穂里さん。「今の自分の原点」という豊島岡女子学園時代を振り返っていただきました。

武蔵野陽和会病院麻酔科 医師 日本麻酔科学会専門医、産業医 保富 佐穂里 さん

武蔵野陽和会病院麻酔科 医師
日本麻酔科学会専門医、産業医

保富 佐穂里 さん

1999年豊島岡女子学園高校を卒業し、日本医科大学医学部に入学。災害医療センターで初期・後期臨床研修を受ける。現在は武蔵野陽和会病院麻酔科常勤、東邦大学医療センター大森病院麻酔科非常勤として活躍中。

手術中の患者さんの全身を管理する瞬時の判断力が問われる仕事

医師を目指したきっかけは母が薬剤師、叔父が歯科医等、身近に医療従事者が多かったこと、また小学校入学前からぜんそくを患っており、入退院を繰り返していたことなどから、身近だったことが一因です。

麻酔科医を選んだのは、初期臨床研修のときです。私自身「手術に携わる」イメージしかなかったのですが、研修医として現場に関わり、やりがいがあると感じました。

麻酔科医は、手術を受けられる患者さんの全身の状態を把握し、麻酔管理を行うのが仕事で、患者さんが不安や緊張感なく、少しでも安心して手術を受けていただけるよう心がけています。手術中には大量出血や不整脈など、不測の事態が起こることもままあり、そうした状況を瞬時に判断し、執刀医や看護師などとも協力しながら麻酔方法の変更など適切に対応しなければなりません。

また術前には患者さんの症状や既往歴などの情報を集め、診察を行った上で最適な麻酔方法を選び、全身管理の計画を立てる。術後には痛みや譫妄などにも対応しながら、患者さんの回復を見守る。患者さんと接する機会は圧倒的に少ないものの、手術の間だけではなく患者さんと深く関わります。

体力や集中力、判断力も問われる仕事ですが、患者さんが安定した状態で手術室を出て行かれること、また術後も痛みが少なく、落ち着いて過ごされる様子を見ると、麻酔科医になってよかったと実感しますね。

私が常勤している武蔵野陽和会病院は二次救急病院のため、意識障害や認知機能などで既往歴や患者背景の詳細が不十分の状態で、最低限の術前検査での緊急手術ということもあります。そのため、今の職場だけでなく三次救急の病院での当直や大学病院で最先端の情報に触れるなど、麻酔科医としてのレベルアップに日々取り組み経験を積んでいます。

また産業医として、手術や麻酔に関する知識や、日々の生活の中で健康面の注意点などを一般の方に伝える活動も行っており、まだまだやりたいこと、勉強すべきことがたくさんあると感じています。

私生活では、小3の娘がいます。出産でブランクを作りたくなかったので、産後1カ月半くらいから徐々に仕事に復帰。子どもが小さい頃は周りに随分助けていただきました。院内の保育園や病室を利用させてもらったり、手の空いているコメディカルの方に、保育園に迎えに行ってもらったり。娘と過ごす時間は少ないのですが、全力で仕事に取り組んでいる姿から、何かを感じてもらえればと思っています。

目的意識を共有し、全員で最高のパフォーマンスを作り上げる

豊島岡で一番印象深いのがダンス部での活動です。中1のとき、ダンスの面白さに惹かれて入部。憧れの先輩に近づきたいと、日々練習を重ねました。早朝や放課後はもちろん、昼休みは5分でお弁当を食べ終えて練習に専念、休み時間も廊下の鏡の前でポーズを確認したり。

そして文化祭の舞台で、たくさんの拍手をいただく喜び。特に高2ではダンス部の部長を務めました。自分たちで振付を考え、作り上げたパフォーマンスを披露したときの達成感は忘れられません。

ダンス部は100人以上の大所帯で、部長時代は「誰からも認められる部長にならなければ」と強く意識していました。ダンスはもちろん、勉強面でも仲間や後輩のお手本となることを自分に課し、努力したことで成長できたと思っています。

特に実感したのがコミュニケーションの重要さです。いろいろな考え方を持つ人たちがいますから、こちらの考えを押しつけるのではなく、一人ひとりの意見を聞き、納得するまで話し合うことを心がけました。

また、一人で抱え込まないようにもしていましたね。後輩も含めてそれぞれができる仕事を任せ、目的意識を共有する。時間の使い方や段取り力なども鍛えられたことが、今、医療の現場で役立っています。

豊島岡の先生方は皆熱心で、授業を担当していない先生でも生徒の顔と名前を覚え、気さくに声をかけてくださいました。加えて、いろいろな機会を与えてくれ、やりたいことをサポートしてくれるところもありがたかったです。改めて中学・高校という多感な時期を豊島岡で過ごせてよかったと思っています。

※本記事は『日経メディカル/日経ビジネス/日経トップリーダー 特別版 SUMMER.2019年6月〈メディカルストーリー 教育特集号〉(日経BP社)』に掲載されたものです。

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