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2023.07.14

【特別教育対談】 医師をめざす子どもたちへ
考え、手を動かし、書く。
自ら学び続ける力が、 未来への道を開く

AIの進化をはじめ、社会が大きな変化の波にさらされている今、歴史ある名門校では、伝統をどう継承し、どのような教育に取り組んでいるのだろうか。また、医療現場の過酷さや厳しさなど、コロナ禍によって医師という職業があらためてクローズアップされているなか、医師をめざす子どもたちには何を大切にし、どんな力を身につけてほしいと考えているのだろうか。慶應義塾普通部部長の森上和哲先生と、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表に語り合っていただいた。

慶應義塾普通部 部長
森上 和哲 氏

SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表
髙宮 敏郎 氏

社会の先導者をめざして学ぶ 掲げた理念の下に受け継ぐ校風

髙宮 慶應義塾普通部は、慶應義塾が大学までの一貫教育を確立させた1898年に中等教育課程として位置づけられました。一貫教育でありながら中学と高校がそれぞれ独立しているのが特徴ですね。

 

森上 中学と高校が別なのは、歴史的経緯と地理的な制約があるためです。慶應義塾の中で中高一貫校は湘南藤沢だけで、中学は普通部と中等部が、高校は慶應義塾、慶應義塾志木、慶應義塾女子がそれぞれ独自の方針に基づいた教育に取り組んでいます。「社会の先導者をめざして自ら学び続ける力を育てる」という慶應義塾共通の理念の下、「同一の中の多様性」が尊重されています。

 

 今春の大学の入学式では、伊藤公平塾長が「先導者としてのビジョンを得るために多様な世界に打って出よう」と述べました。これは大学だけではなく、普通部を含むすべての一貫教育校への呼びかけでしょう。

 

髙宮 慶應義塾が費用を負担する派遣留学制度も、その一環ですね。

 

森上 アメリカやイギリスの名門ボーディングスクール、ジュニアボーディングスクールに生徒を1年間派遣する制度です。中学は2年で行きます。かなりの難関で、普通部では今年初めて生徒を送り出すことができました。

 

髙宮 コロナ禍で中断していたそのほかの国際交流プログラムも再開したとお聞きしました。

 

森上 3年ぶりにフィンランドからの留学生を迎えるなど、ようやく再開できました。対面で交流ができるのを生徒たちはとても喜んでいます。

 

髙宮 私も普通部出身ですが、校風は当時も今も変わっていないように感じます。明文化された校則はないものの、制服の着方は細かく指導されました。どちらかというと「厳しい」学校ではないでしょうか。

 

森上 「やるべきことはやって当然」という校風は変わっていないと思います。今のところ、スマートフォンも禁止です。校内での使用もそうですが、例えば登下校の電車内でもスマホに見入るのではなく、友だちとのコミュニケーションを大事にしてほしいという思いがあります。

 

髙宮 入試についても、1科入試や2科入試を導入する学校が増えるなか、4科入試を堅持されています。試験時間も4教科すべて同じです。これは何か理由があるのですか。

 

森上 4教科とも、学ぶ重みは同じだからです。国語、算数だけでなく、理科や社会も重要です。普通部に入学後も、数学や国語に限らず、美術や音楽をはじめ、15教科全部を大事にしてもらいます。そのためにも、入試では4教科すべての力を見たい。体育や面接の試験まで課していることも含めて、普通部のメッセージととらえていただきたいと思います。

 

髙宮 理科の入試も特徴的です。今年は煮干しに関する問題がありました。煮干しを知らない子は面食らったかもしれません。机で勉強して得た知識と、生活の中での体験から類推する力の両方を見ていることがよくわかります。

AIの時代だからこそ重要 普通部伝統の「書かせる教育」

髙宮 今話題のChatGPTやAIについては、どのように対応されていますか。ChatGPTを禁止する学校もあるようですが……。

 

森上 ChatGPTは、もっともらしい文章を構築するものの中身が伴っていないことが多い。生徒が使えば、すぐにそれがわかるだろうと判断しています。禁止はしていませんが、「遊ばれない」ように、上手に使ってほしいと考えています。

 

髙宮 一定の距離を置きながら使わざるを得ないのが現状でしょうか。中等教育の中でどう扱うかは難しいところですね。

 

 以前、AIは東大入試を解けるかというプロジェクトに関わりましたが、結局、AIは東大合格に必要な読解力を持っていないことがわかりました。同様に、私は日本の子どもたちの読解力にも問題意識を持っています。そこへさらにChatGPTのようなAIを使い始めると、文章を書く力が落ちてしまうのではないかと危惧しています。全面禁止は難しいにしても、生成AIの特性を理解したうえで使用してほしいと思います。

 

森上 同感です。使い方が重要になりますね。

 

髙宮 読む力も書く力も後で身につけようとすると大変です。その点、普通部は昔から書かせることを非常に大事にしている学校です。私も普通部時代は理科のレポートにとても苦労しました。

 

森上 おっしゃる通りで、国語では作文が多いし、どの教科も書くことを重視しています。

 

髙宮 幅広く学ぶ、自ら考える、書く力を大事にする、そういった普通部の教育を象徴するのがレポートだと思いますが、そもそもレポートをたくさん書かせる目的は何なのでしょうか。

 

森上 理科に限定して考えてみても、レポートを書くためには、しなくてはならないことがたくさんあります。実験や観察をする、何をやったかを振り返る、やったことを箇条書きにする、事実をわかるように書く。次に考察があり、情報を収集する力や文献にあたる力、調べていく力、実際はどうかと判断する力が求められます。さらに、友だちと相談したり、ディスカッションしたりするコミュニケーション能力も必要です。

 

 しかも生徒は、理科のレポートだけをやればいいわけではありません。国語の作文を書いたり、英単語のテスト勉強をしたり、部活に参加したりと、他にもすべきことはたくさんあります。そうしたなかでレポートを書くためには、タイムマネジメント能力も必要です。調べる力、表現する力、情報を評価する力、時間管理能力など、レポートを書くことでさまざまな力が身につくのです。

 

髙宮 中学生のときはわかりませんでしたが、理科のレポートで考察を重ねた経験は今、大きな財産になっています。なぜうまくいかなかったのか、あるいはうまくいったのかを考える作業は、将来どんな仕事をするにしても役に立つと思います。

学問の本質を探究する理科教育 毎週100分の実験に取り組む

理科では実際に自分の目で見て実物に触れる体験を重視し、実験報告書の作成によって自らが行った実験について理解を深める

髙宮 理科では、レポート作成とセットで実験も重視されていますね。

 

森上 受験から離れて学問の本質を探究するのが、普通部の教科教育の特徴です。理科では、実際に自分の目で見て実物に触れる体験を重視しています。そのため、授業を2コマつなげた100分の実験を毎週実施しています。

 

 2コマ連続にすることで通常では扱うことのできない内容の実験に取り組めます。実験後にはレポート提出を義務付け、翌週までに900字詰めの専用のレポート用紙に5〜10枚書かせます。これが毎週なので、最初は全員が苦労しているようです。入学してすぐの保護者会でも、「レポートはどうにかならないか」「せめて半分にしてほしい」といった声が上がります。

 

髙宮 確かに大変でしたが、やっていくうちにだんだんと慣れていったように思います。

 

森上 そうですね。1学期が終わって夏休みが過ぎ、2学期ぐらいになると、何となく「処し方」がわかってきます。部活動が始まって先輩からアドバイスがもらえるのも大きいのでしょう。ひと夏を越えると、多くの生徒は要領をつかんでいます。

 

髙宮 実験にもいろいろな思い出がありますが、なかでもカエルの解剖は印象に残っています。

 

森上 カエルの解剖は今も2年か3年で実施しています。

 

髙宮 最近は解剖を行う学校が減っていると聞きます。特に、カエルを教材にしている学校は少ないのではないでしょうか。

 

森上 100分の実験時間を使って、3週続けて取り組んでいきます。1週目はカエルが生きている状態で解剖し、翌週に備えて冷凍。翌週は神経を取り出して神経標本を作り、翌々週は骨格標本を作るという流れです。6コマ分の授業を最大限に活用して学んでいます。

 

髙宮 私たちの時代の解剖の授業はキャーキャーと大騒ぎになりましたが、今の生徒も同じですか。

 

森上 1年でイカの解剖をしますが、やはりカエルは違うようで、今もキャーキャーと騒ぎます。ショックを受ける生徒もいますし、なかには「ぼくの人生でこれほど無意味な実験はなかった」「生命の尊厳をどう考えているのか」と批判的な感想をレポートに書いてくる生徒もいます。

 

髙宮 それでも解剖の実験をやめることなく、続けていくのですね。

 

森上 続けていきます。特に生物の教員は、解剖の意義を強く感じています。生き物の体の構造をきちんと知ることが人間への理解、生命への理解に通じるからです。解剖を行う前に事前学習をして、そうした意義をしっかりと伝え、無駄な殺生ではないと教えます。解剖後はきちんとフォローして、最後はお弔いをするところまでやっています。

フィールドノートを持って観察 自分の手を動かして書く

髙宮 今も続いているそうですが、理科ではフィールドノートを持って自然観察をしました。これも、書くということにこだわってのことでしょうか。

 

森上 フィールドノートは大事です。今は生徒全員がiPadを持っているので、写真は簡単に撮れます。ただ、花の観察にしてもカエルの解剖にしても、写真で画像を残すのと、自分の目で見て特徴をとらえながら手を動かして図や絵を描くのとでは、教育効果がまったく違います。

 

 写真ならパッと撮って矢印を引いて「心臓」と記せば終わりですが、自分で絵を描くと、心臓を描いているうちに「ここには左心房がある」ということもわかる。そうしたことに気づいてほしいので、超アナログなフィールドノートを大事にしています。ITを駆使する若手の教員も、やはりノートは必要だと言います。手を動かすことが大切なのです。

 

髙宮 先日、京都大学の医学部の先生とお話ししたときに、授業で写真を見せるときれいでわかりやすいが、学生の頭には残らないとおっしゃっていました。ですから、その先生は臓器を必ず黒板にチョークで書いて、学生各自のノートに写させているそうです。手を動かして自分で書くことで、「なるほど、ここはこういう形になっているのか」と理解が深まると聞き、ようやくフィールドノートの意味がわかりました。

 

森上 書くことで、体の中に落とし込むことができるのです。それは写真を撮って画像を見るだけより、はるかに意味があることです。

 

髙宮 それを在学中に知っていればよかったですね(笑)。現在は、フィールドノートの意味は伝えているのですか。

 

森上 最近はシラバスを出して各教科の授業内容や方針を説明しているので、フィールドノートの意図も教員から伝えていると思います。

活躍する卒業生に学んで将来を探る「目路はるか教室」

自分の将来や方向性を考え始める大きな刺激となる「目路はるか教室」

髙宮 コロナ禍では医師という職業がクローズアップされました。普通部にも医学部をめざす生徒がいると思いますが、実際に医学部に進学したお子さんに共通点はありますか。

 

森上 さまざまですね。在学中から医師をめざし、やっぱり医学部に行ったんだなという生徒もいれば、まったくそうは言っていなかったのに、医学部に進んだ生徒もいます。成績が非常に優秀で、周りはてっきり医学部に行くと思っていたのに、「血を見るのが嫌いだから」という理由で別の道を選ぶ生徒もいます。

 

髙宮 医学部進学に特化した指導はされていないと思いますが、卒業生を講師に招く「目路はるか教室」などが医師や医学部を意識するきっかけになるのでしょうか。

 

森上 「目路はるか教室」は1998年の普通部100年の記念行事として始まりました。毎年秋に実施していて、今年で26回目を迎えます。さまざまな分野で活躍する普通部の卒業生に講師をお願いして、職場でお話ししてもらったり、講演に来てもらったりしています。1年生から3年生まで学年ごとに10コースがあり、生徒は好きなコースを選んで受ける仕組みです。医師のコースはどの学年も必ず用意していますし、将来を考えるきっかけになると思います。

 

髙宮 眼科医として活躍され、眼科医療のベンチャー企業「坪田ラボ」を立ち上げた、慶應義塾大学医学部名誉教授の坪田一男先生も普通部のご出身です。

 

森上 坪田先生も「目路はるか教室」の講師として来てくださいました。インパクトのあるお話をされ、生徒たちもたいへん刺激を受けたようです。

 

髙宮 「目路はるか教室」がきっかけで、実際に医師になった生徒さんはいますか。

 

森上 医師になったところまでは追えていませんが、医学部に進んだ生徒は結構います。1年生で医師のコースを受けて興味を持ち、2年生、3年生と連続で医師のコースを受講して医学部に進学したという生徒もいます。

 

髙宮 中学生の段階から、医師がどんな仕事なのかを知ることは、その後の学びにもつながりますね。

 

森上 医師に限らず、「目路はるか教室」ではさまざまな職業に触れることができます。多くの先輩が広く活躍している普通部だからこそできるプログラムだと自負しています。

医学だけでなく、多用な分野に対応できる力を育てる

髙宮 普通部ならではの取り組みには、毎年の労作展もあります。

 

森上 労作展は100年近い歴史を持つ、普通部教育の神髄ともいえるものです。自分で教科を選んでテーマを設定し、作品を作り上げて展示。優れた作品には賞を授与します。美術や小説、書道などの芸術分野と、理科や数学などの学術分野の作品があり、生徒が互いの才能を認め合う機会になっています。学校は人が集まって、人が人に憧れる場です。作品を通して、それを実践できるのが労作展です。

 

髙宮 医学関連の作品はありますか。

 

森上 医学そのものはありませんが、保健体育の分野で体づくりの研究や睡眠の深さについての研究などはありました。理科の分野で、魚の解剖や鶏の条件付けなど、実験のようなテーマに挑戦する生徒もいます。

 

髙宮 一つひとつの学びが積み重なって医師の素養につながっていくように感じます。学校としては、医師をめざす生徒にはどのようなスタンスで向き合っているのでしょうか。

 

森上 医師は命を扱う職業であり、人に向き合う職業でもあります。成績が良いから医師にというのではなく、なぜ医師になるのかという目的や動機が重要です。そのうえで、人と必ず関わる職業なので、人とのコミュニケーション力をつけてほしいと考えています。

 

 どの診療科でも、あるいは研究職でも、医師には人と会話してやりとりできる能力が不可欠です。「そうだね」「それは違うかもしれない」とやりとりすると同時に、自分を客観視できる力が求められます。

 

 もちろん、幅広い知識や高い学力は不可欠ですが、そのベースになるのは人としての姿勢です。そのことを忘れないで、3年間を過ごしてほしいと思います。そうすれば、医学への道が開けるだけでなく、どのような分野に進んでも対応できる力が身につくはずです。

 

髙宮 普通部では、医学部対策のための勉強をしているというわけではなく、普遍的な力を育てているということですね。本日はありがとうございました。

※本記事は『日経ビジネス 特別版 SUMMER.2023〈メディカルストーリー 教育特別号〉(日経BP社)』に掲載されたものです。

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