医学部 塾・予備校活用ガイド
2025.06.16
【特別教育対談】2025 医師をめざす子どもたちへ
時代とともに多様化する
医学へのアプローチ
適性に合わせて最適な選択を
1927年の創立以来、校是に「精力善用」「自他共栄」を掲げ、各界の第一線で活躍する有為な卒業生を輩出し続けている灘中学校・灘高等学校。医学部合格率でも国内屈指の実績を誇り、毎年、卒業生の約3分の1が医学部に進むという。高い進学実績を支える独自の教育内容や、これからの医師に求められる資質について、今年で同校に赴任し31年目を迎える校長の海保雅一先生と、医学部受験に詳しいSAPIX YOZEMI GROUP共同代表の髙宮敏郎氏に語り合っていただいた。
灘中学校・灘高等学校 校長
海保 雅一 氏
SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表
(代々木ゼミナール 副理事長)
髙宮 敏郎 氏
98年にわたり受け継がれてきた 「精力善用」「自他共栄」の精神
髙宮 海保先生は1994年に英語科の教員として灘校に赴任され、3年前に校長に就任されました。あらためて、貴校の沿革と教育の特徴について教えていただけますか。
海保 本校は、1927年に旧制灘中学校として設立された学校で、まもなく創立100周年を迎えます。開校にあたっては、当時の東京高等師範学校(現・筑波大学)校長および、講道館館長であった嘉納治五郎先生を顧問に迎え、講道館柔道の理念である「精力善用」「自他共栄」を校是に定めました。
髙宮 時代が変わっても色あせることのない、力強いメッセージが伝わってきますね。
海保 この校是の特徴は、「個の完成」を重視しているところです。全体主義的な考え方がまん延していた戦前の時代に、この合理的で普遍性のある理念を提唱された嘉納先生の偉大さをあらためて感じます。
髙宮 この校是を、日ごろの教育にどのように落とし込んでいるのですか。
海保 たとえば、本校では明文化した校則を設けていません。これは生徒たちに、校是を指針として自分で考え、行動することを促すためです。生徒たちをルールでしばることは簡単ですが、それでは生徒たちは思考停止に陥ります。生徒には、校是を深く理解して、個々の場面でどう行動すべきかを判断する力を養って欲しいと思います。
さまざまな学校行事が 生徒の主体性を伸ばす場に
毎年5月初旬の2日間にわたって行われる文化祭。
約300人からなる文化委員会が、企画から準備、運営までを担う
髙宮 生徒たちの成長をうながすにあたって、特に大切にしていることを教えてください。
海保 灘校生が豊かに持つ好奇心・探究心に刺激を与え、それを駆動力として彼らが自由に活動できる学校環境を用意することを、私たちは強く意識しています。
髙宮 灘校の先生方は、それぞれに専門分野をお持ちで、その専門性を生かしたユニークな授業を展開されている印象があります。
海保 生徒の探究心に応えるために単元の内容をどこまでも深く掘り下げたり、彼らの好奇心を刺激するために単元の幅を広げた教科横断的な授業を行ったりするなど、どの教員も創意工夫に富んだ授業を実践しています。
髙宮 だからといって、学校生活が勉強一色でないところが貴校のおもしろいところです。文化祭や体育祭といった学校行事も、毎年大きな盛り上がりを見せていますね。
海保 教室での学習はもちろん大事ですが、生徒会活動や部活動も、「学びに向かう力」つまり非認知能力を伸ばすためには欠かせないものです。
たとえば、5月に行われる文化祭は、例年2万人規模のお客様を集める灘校最大の学校行事で、生徒たちの手によって企画・運営がなされます。統括するのは、選挙で選ばれた文化委員長。その下には、文化委員会と呼ばれる300人規模の生徒のボランティア集団が組織されます。全校生徒は1200人ですので、全体の約4分の1が何らかの運営に携わっている計算です。
このような大きなプロジェクトの企画・運営に携わることで、生徒たちは、アイデア創出力、リーダーシップ、計画性、粘り強さなどの様々なスキルを伸ばしてゆくのですが、これらは学力の重要な構成要素なのです。
髙宮 行事運営に際して、先生方はほとんど口を出さないというのは本当ですか。
海保 「灘校は生徒が主役の学校である。」というスローガンの通り、教員は晴れ舞台で主役として活躍する生徒を陰で支える黒子に徹します。
独自の着眼点と貪欲さを持ち 多彩な分野で活躍する卒業生
髙宮 貴校のOBには、独自の着眼点から社会課題に鋭く切り込む、気概のある人物が多いと感じます。先日の新聞記事では、東大の文科二類の2年生で、灘校に在学中から道路行政について研究している学生の活躍が取り上げられていました。
海保 彼は在学中、自宅のある岡山市から本校までバスと電車を乗り継いで通学していました。しかし、自宅の最寄りの路線バスの廃止が検討されていると知り、「自分はこれからどうやって通学すればいいのか」と危機感を持ったことから、地域交通に関心を持ったようです。高1の際に、地域交通を自由研究のテーマに選び、国土交通省の資料を調べたり、実際にバス会社や自治体に問い合わせたりしながら、彼なりの解決案を探っていきました。そこからまとめた「地域公共交通の再生と地域の成長戦略」というアイデアが、2021年の内閣府主催の政策提言コンテストで優秀賞を受賞しました。大学でもフィールドワークを重ね、地方が抱える交通課題の解決を探るかたわら、「東京大学アントレプレナー道場」で起業のノウハウを学び、ゆくゆくは事業化をめざしているようです。
髙宮 何か一つ、自分のめざすべき道を見つけたら、その実現のために全身全霊を注ぐ姿勢は、まさに「精力善用」「自他共栄」の精神そのものといえますね。
海保 東大理科三類に合格して医師免許を取得した後に、数学科教員への思いも捨てがたく、別の国立大学に入学して教員免許を取得した教え子がいましたし、逆に企業に就職したものの医療の世界への憧れが再燃して、医学部に入り直した教え子も複数おります。自分の真の得意分野を見出してその資質・能力を伸ばし、それを社会の為に役立てようとする生き方は、まさに「精力善用」「自他共栄」の体現だと思います。
OBのネットワークを生かし 医学の最先端を知る機会も
髙宮 さきほどのお話にあった卒業生も、一度は医学部に進まれたということですが、貴校は毎年、医学部医学科に多くの合格者を輩出しています。海保先生が灘校に赴任されてからの約30年間で、その志望動向に変化はありますか。
海保 過去には、学年の3分の1強が医学部に進学していた時代もありましたが、最近は全盛期からは若干減り、3分の1弱で推移しています。家族のどなたかが医療に携わっている家庭が一定数いるので、そういう背景も、伝統的に医学部進学者が多い要因の一つだと見ています。
髙宮 新型コロナウイルス感染症が流行した際は、ひっ迫した医療現場の様子が連日のように報道され、一部では「医学部人気が下がるのではないか」と懸念されることもありました。貴校の生徒さんの反応はいかがでしたか。
海保 特に医学部を敬遠するような動きは見られませんでしたね。むしろ、あの一件をきっかけに、「医師はこんなに社会貢献度の高い仕事なのか」と再認識した生徒が多かったように思います。困っている患者さんのために休みなく働き、世の中に貢献しようという姿に、少なからず心を打たれたのではないでしょうか。
髙宮 さて、貴校の特色ある教育の一つに、さまざまな分野で活躍する方々を招いて話を伺う「土曜講座」があります。こうした機会も、生徒たちに医療の道を意識させる良い動機づけになっているように思います。
海保 土曜講座は、20年以上続いている取り組みで、現在は年に6回、自由選択制の講座を60講座ほど設けています。政・官・財・学や芸術など各界で活躍する専門家を講師に招いていますが、キャリア教育の一環として実施している講座でもあるので、医療関係者の方が少なからず講師としていらっしゃいます。
過去には、アメリカ国立がん研究所で近赤外光線免疫療法を開発された小林久隆先生や、京都大学で医学部長を務める伊佐正先生にもお越しいただきました。このお二人は、いずれも本校のOBです。在学中のエピソードから、現在取り組んでいる専門分野のお話に、生徒たちは目を輝かせて聞き入っていました。また、先日は東大医学部の教授に、「EBM(Evidence−Based Medicine)」の概念について説明いただきました。これは、科学的根拠を重視したうえで、患者さんの状態や価値観を総合的に考慮しながら、意思決定を行う考え方のこと。生徒にとっては、基本概念から最新のトレンドまで、さまざまな切り口から医学に触れることのできる貴重な機会となっています。
在大阪スイス領事のフェリックス・メスナー博士による「土曜講座」の様子
髙宮 土曜講座のほかにも、キャリア教育にまつわる取り組みがあれば教えてください。
海保 OBの話を聞く機会としては、生徒会主催の「東京合宿」があります。これは、東京で活躍しているOBの職場を訪問し、仕事の話を聞くというものです。
髙宮 さて、最盛期に比べると医学部進学者は少なくなったというお話でしたが、減少した層は、どのような学部に流れているのでしょうか。
海保 東大の“松尾研”(「東京大学松尾・岩澤研究室」の略称)に代表されるような、人工知能やデータサイエンス分野に興味を持つ生徒が増えてきました。松尾研のオンライン講座は高校生でも参加できるので、おそらく数十人ほどの在校生が受講していると思います。少し前の時代には考えられなかったことですが、このような専門的な学びへの入り口が、若者に広く開かれていることは、生徒のその後の人生にも大きな影響を与えるだろうと思います。
髙宮 こうした情報提供は、学校側が積極的に行っていらっしゃるのですか。
海保 いいえ。生徒たちは、先輩や同級生から情報を得て、自分の興味のあるものに積極的にエントリーしています。昨年も一昨年も、灘校生は国際科学オリンピックで9個のメダルを取得しましたが、そのような成果は、ロールモデルとなる先輩が身近に沢山存在するという学校環境があってのものだと思います。縦と横のつながりが密接で、「自他共栄」の精神で互いに助け合っていることも本校の強みといえるかもしれません。
医学部合格に必要なのは 数字で測れない「非認知能力」
髙宮 これまで海保先生は、たくさんの卒業生を見送ってこられたわけですが、医学部に合格するためには、高い学力に加えてどのような力が必要だとお考えですか。
海保 何といっても「非認知能力」です。非認知能力とは、やる気、忍耐力、やり抜く力、楽観性、コミュニケーション力など、ペーパーテストでは測れない資質・能力を指します。学校という集団生活のなかで、仲間と信頼関係を築きながら、互いを高め合う経験ができた生徒は、往々にして希望進路を叶えるものです。特に、文化祭や体育祭は、非認知能力を磨く絶好の機会です。狭い意味での学力を高めるだけでなく、集団活動に積極的に参加して非認知能力を高めることが、医学部を初めとする志望校合格の近道となるのではないでしょうか。
髙宮 すべての医学部で面接試験が行われるようになったのも、受験生の非認知能力の重要性が広く認識されるようになったことが大きいのではないかと感じます。貴校でも、医学部受験に特化した面接・小論文対策を行っていらっしゃるのですか。
海保 はい。受験を終えた卒業生にヒアリングを行い、試験形式や質問内容など、大学別の情報を細かく蓄積。そのノウハウを実践的な対策に役立てています。医学部入試における面接は、その出来が合格に大きくプラスにはたらくというより、医師として必要最低限の資質を有しているかを確認する場ですので、不用意なミスで足をすくわれないよう、会話やマナーの基本を一つずつクリアにしていくことを心がけています。
髙宮 海外大学の医学部を志望する生徒さんも多いのですか。
海保 数年前までは、留学生の受け入れに熱心で、日本の私立大学医学部よりも比較的安価に通えるとあって、ハンガリーなどの国立大学医学部を志望する生徒が少数おりました。しかし、その後も継続的に進学者が出ているかというと、そうでもありません。ことばの壁や、進級条件の厳しさなど、進学してもそれなりに苦労が多いということが、先輩からの情報として生徒たちに伝わっているのだろうと思います。
髙宮 さて、最近は、人工知能の進化が目覚ましく、医療現場にもAIを導入する動きが目立ちます。今後、AIとうまく付き合ううえで、心がけるべきことは何でしょうか。
海保 AIが発達すればするほど、最終判断を下す人間の倫理観や責任感がますますシビアに問われるようになっていくでしょう。その際、人間の正しい判断を支えてくれるのは、日ごろから培った共感力や想像力です。たとえば、読書を通して、多様な人生を疑似体験し、その境遇に思いをはせるという経験も、中高時代には非常によい学びになります。医学部受験というと、理数科目にばかり気を取られがちですが、国語こそ、医師に必要な高い共感力・想像力を養うものとして真剣に取り組んでほしいですね。
髙宮 最後に、医学部を志望し、実際に合格・進学する生徒さんに対して、先生が期待していることを教えてください。
海保 医師というのは、世の中に数多くある職業のなかでも、特に社会貢献度の高い仕事です。ですから、そこに多彩な才能を持つ本校の生徒たちが、積極的に挑戦してくれていることについては、非常にうれしく思っています。ただ、忘れないでほしいのは、研究者や臨床医になる以外にも、産業医、医系技官、医療分野の起業家や投資家など、医療に貢献する道はたくさんあるということです。昔とは比べものにならないほど、今の生徒の前にはたくさんのキャリアパスが広がっています。適性や興味に応じて、そのなかから自分にとって最適な進路を選択してほしいですね。
髙宮 最近は、文理融合や医工連携など、異分野が力を合わせて一つの課題に取り組むことの重要性があらためて注目されています。すでに医師として働いている場合はもちろんのこと、これから医学部をめざすお子さんにとっても、教科や学問の枠組みを取り払い、俯瞰的かつ横断的に物事を学ぶ姿勢がますます求められていくことでしょう。そして、貴校には、そのような学びに応える、豊かな土壌があることがよく伝わってきました。本日は貴重なお話をいただきありがとうございました。
※本記事は『日経ビジネス 特別版 SUMMER.2025〈メディカルストーリー 教育特別号〉(日経BP社)』に掲載されたものです。
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