ここ数年の入試動向が穏やかとはいえ、他の学部とは比較にならないほど厳しい入試となる医学部受験。
この激戦をどのように突破すればいいのか。近年の動向から受験対策、体調管理までを代々木ゼミナール教育総合研究所の川崎武司室長に訊いた。
志願者数減少に伴う
倍率低下でも
難易度は下がっていない
少子化の影響により定員割れの大学が出るなか、依然厳しい競争が続いているのが医学部受験だ。2019年度の志願倍率は国公立が4.4倍、私立に至っては15倍と、他学部では見られないほどの高い競争率を示している。
もっとも、過去5年を振り返ると、国公立・私立ともに志願者数減少により倍率は低下傾向にある。例えば国公立は、2015年の志願者数が18,999人から2019年は16,390人に減少し、倍率は5.0倍から4.4倍に低下。私立は2015年の10万4,569人から2019年は10万2,897人に志願者数が減少し、倍率も17.7倍から15倍に緩やかに低下している。
こうした結果を代々木ゼミナール教育総合研究所の川崎室長は次のように分析している。
「医学部受験における志願者数や倍率を見ると、ここ数年は低下傾向にありますが、決して難易度が易化しているわけではありません。5年前と比べると志願者数は減少していますが、合格圏内にある学力層の受験生の数は10年前からあまり変化がないと見ています」
その理由として、志願者数が大幅に減少しても国公立・私立ともに、合格最低点の変化が小幅であることを挙げている。例えば、名古屋市立大学は19年度の志願者数が前年の3割程度まで減少したが、合格最低得点率は78.9%から75.1%と低下幅は3.8%にとどまっている。
また、秋田大学も志願者数は前年の約半数だが、19年度の合格最低点の変化は前年比の得点率でたった1.7%しか低下していない。私立も同様に埼玉医科大学は志願者数が4分の3程度まで落ち込んだが、合格最低得点率は4.0%の低下、帝京大学も志願者数は1割以上減少しているが、最低得点率は1.6%しか低下していないのだ。
医学部入試での公正性の問題などが影響して、私立の志願者数などのマイナス幅が国公立に比べて大きいが、これについて川崎室長はこう指摘する。
「私立も総じて高いレベルであることに変わりありません。英語、数学、理科2科目、さらに面接や小論文と科目数の多さから、私立大学理工学部の最上位と肩を並べるか、あるいは、その難易度を超えるといっても過言ではありません」
では、2020年度入試はどうなるのか。文部科学省は11月14日までに、2020年度の国公私立大学81校の医学部総定員数を前年度比90人減の9,330人とする計画を発表した。医師の地域偏在性の解消を目的とした「地域枠」で欠員が相次いだため、複数の大学で定員を見直したことで減少に転じている。そのため、2019年度入試より厳しい競争になるとみられている。
さらに、2021年度入試からは大学入試センター試験に代わって「大学入学共通テスト」が実施される。センター試験と同様の6教科30科目が出題され、各教科内の科目の選択方法もセンター試験と同様だ。そのため、受験生の負担が大きく変わることはないだろう。
国公立は苦手科目を作らない
2次対策はあらかじめ
数校に絞る
「現在の大学受験の動向としては、地元志向が色濃く、地方の受験者は地元の国公立を目指す傾向にあります。これにより国公立の医学部は依然として高い難易度となり、20年度入試のセンター試験の得点率は例年通り9割近いハイレベルな争いになります」
21年度入試の大学入学共通テストで国公立を目指す受験生は、引き続きどの科目も一定の高い学力が求められると川崎室長は語る。
これまで国公立大の入試はセンター試験と2次試験の合計で選抜されてきたが、センター試験の得点率は難関大学については90%以上、その他の大学でも最低85%以上でなければ合格は厳しかった。
もちろん、国公立前期合格者のセンター試験における最低得点率を見ると、岡山大学や山口大学、熊本大学では79%、秋田大学では77%と、80%以下の得点での合格例もある。しかし、受験者はこの数字に甘んじてはいけない。
「センター試験が8割を切っている合格者はあくまで稀な例です。2次試験で抜群の成果を収めたか、もしくは面接重視の大学により高評価されたケースです。難関校に関しては90%、その他は最低でも5教科トータルで85%程度の得点率が求められています。大学入学共通テストにおいても、おそらく同程度のレベルが必要とされるでしょう。特に医学部受験における英語・数学・理科の3教科は、2次試験もあることからセンター試験の基準で9割以上を得点できる学力が必要です」
そして、仮に大学入学共通テストが目標以下の結果に終わった場合も、冷静な判断が必要だ。慌てて志望校を変えて、過去問にも触れていない新たな大学を選択するのは無謀である。そのために共通テストの出来に応じて、志望校を事前に決めておく必要がある。
「2次試験において、突然出願する大学を変えても、入試傾向は各大学によって異なるため、1カ月では対策が困難です。さらに、この時期はマークシート方式の対策に集中しているので、記述試験への対応力が落ちています。1日でも早く2次試験へ集中するためにも、試験後の状況をいくつか想定したうえで、志望校を選択しておく必要があります」
82大学あれば82通りの基準
自分との相性を見極める
では、何を基準に志望校を選ぶのか。医学部は国公立大50・私立大31・防衛医科大の合計82校ある。82大学あれば82通りの選抜方法やアドミッションポリシー(入学者受入れの方針)がある。さらには各大学によって学費も異なる。あらゆる条件を考慮したうえで、自分と相性の良い志望校選びが大切だ。
特に注意すべきポイントは選抜方法である。各教科の配点基準や出題範囲が大学ごとに大きく異なっているからだ。2次試験重視型や理科重視型などさまざまなパターンがあるのでしっかりと分析しておきたい。
例えば、徳島大学や島根大学は2次試験に理科がなく、センター試験での高得点が合格につながるというパターン。また、大分大学や広島大学A配点のように、2次試験の数学の配点比率がともに16.7%と、国公立前期で2次試験の数学に自信がない受験者に向いているパターンもある。
出題形式においても、大学ごとに特徴がある。奈良県立医科大学では「トリアージ入試」という方式が導入され、180分の試験時間内に英語、数学、理科1科目を解答する。私立の昭和大学でも英語と数学を合わせて140分で解答する入試を実施している。
「こうした入試では医師の素養を見ています。取りかかる科目の順番や時間配分は受験生の判断に任されるため、解ける問題を瞬時に正しく判断する能力が問われているのです。このほか、理科重視型、理科・英語重視型、3教科均等配点型など、大学ごとに入試傾向・パターンが異なるため、医学部というくくりで一つに考えず、大学ごとに戦略を立てる必要があります」と川崎室長は話す。
2年生までに基礎・基本を習得
3年生では志望校対策を
的確な志望校選びと同時に、川崎室長は早期の受験対策を強調する。
「医学部受験は科目数が多く出題範囲も広いため、高3から受験勉強を始めても間に合わない可能性もあります。それだけに早い時期からの受験対策が合格の鍵となっています」
できれば2年生までには、先取り学習によって必要教科を終わらせておきたい。時間があれば、病院などが実施している1日医師体験などを通じて、実際の医療現場に触れることも学習意欲の向上につながるだろう。
3年生からは、志望校の傾向に即した学習を積み上げていきたい。医学部受験では苦手科目を作ると致命傷になりかねないため、疑問点が生じたら、後まわしにせず、その場で先生に質問をして理解するように心がけよう。
また、入試本番の時間割に即したトレーニングも不可欠となる。これまでのセンター試験の時間割を見ると、1日目は地歴公民から始まり、次は国語、最後は英語の筆記とリスニングとなっている。1日目の締めくくりとなる英語は、いつにも増して疲れた状態で試験を受けることになるため、疲労時でも実力を出せるようにトレーニングしておくことが必要だ。同様に共通テストにおいても入試の時間割を意識してトレーニングすると良い。
また、特に私立医学部入試では、理科2科目の配点比率が高い大学が多く、現役生が対応しにくいことから、浪人生が圧倒的に強いという実状がある。進度の速い中高一貫高校であれば問題ないが、公立校に通う受験生は先取りして勉強していく必要がある。
「英語、数学、国語に関しては、高校2年生までの段階でセンター試験の範囲はマスターしてほしいと思います。問題は理科と地歴公民です。公立高校では3年生になっても継続して授業を行う高校が多いので、これらの科目は学校の勉強と並行して先取り学習することが大切。そして、3年生から余裕を持って理科などに比重を置けば、現役でも十分に合格が可能です」
面接対策は準備8割程度
日常から柔軟な対応力を
学力アップと同時に、医師としての資質や適性が問われる「面接・小論文」対策も怠ることができない。面接も小論文も明確な正解がなく、人が評価するところに難しさがあるため、長期的に準備しておく必要がある。ただし、面接に関しては準備することは大切だが、準備し過ぎるのも問題だと川崎室長は忠告する。
「面接は会話のキャッチボールなので準備8割、あとの2割は余白を残しておくくらいがちょうどよいでしょう。あまりにも面接対策をし過ぎると、想定外の質問にまったく対応できなくなります。医者になったとき、どのような不測な事態に直面するか分かりません。例えば、患者さんの容体が悪くなったときは、緊迫したなかで決断しなくてはなりません。面接では、そうした対応力を重視する傾向があります」
学力だけでなく、人格も問われるのが医学部入試の厳しさでもある。面接における柔軟な対応力を身につけるには、普段から新聞のコラムや社説を要約したり、ニュースに対する感想や意見を発表するなど、早い段階からアンテナを広げて何事にも関心を持つ姿勢が必要だ。また、パソコンなどの情報機器に親しむだけでなく、人や生き物と交流するといったアナログ的な触れ合いも必要とされている。
体調管理は
周辺環境から整える
連続受験日は最大2日まで
学習面において万全の準備を整えても、試験当日に体調を崩しては意味がない。体調管理も含めた受験対策を考えることが大切だ。例えば、一年で一番寒いこの時期には、手洗いうがいなど基本的なインフルエンザ・風邪予防も忘れてはならない。加えて、体調管理の前提として、無理のない受験スケジュールを組み立てることも重要だ。
私立の一般入試の試験日程を見ると、2月など本番の時期には入試が一次二次と複数日にわたるため、ほぼ毎日試験が行われている。つまり、大学を選ばなければ1月末から2月にかけて毎日でも医学部を受験することができるわけで、実際に多い受験生で延べ15大学程度は受験している。
「本命の受験日に自分の一番良い状態で臨むためにも、医学部受験の理想は2日連続までです。私立理系であれば英語、数学、理科1科目ですが、医学部は理科が2科目です。場合によっては当日に小論文もあるので、1日で拘束される時間が長く、肉体的にも精神的にも疲労度が高くなります」
さらに、地方から上京して受験する場合などは、宿泊の際にも細心の注意が必要だ。早めにどこに泊まるかを決め、試験会場からの距離感などをつかんでおく必要がある。宿泊施設に勉強できるデスクがあるか、加湿器が借りられるかなどをチェックしておくことも、体調管理への対策へとつながってくるだろう。
こうした準備も含めて、保護者としては何ができるのだろうか。川崎室長は、勉強方法やスケジュール面に関してはあまり干渉せずに、温かく見守ることが大切だと強調する。
「高校生なので、勉強方法や受験対策のことは本人がよく分かっています。受験に関わる情報についても、学校や塾から本人がたくさん受け取ることができるでしょう。医師を目指すのであれば、自分で考えて医学部受験への対策を立てる能力も問われるので、ある程度は信頼して任せる必要があります」
自分で考える生徒が伸びる
これまで数多くの医学部受験生を合格に導いてきた川崎室長。晴れて栄冠を勝ち取った生徒には大きな共通点があるという。
「まず前提として挙げられるのは、自分で考えて準備できること。そうした生徒は早い段階で自己分析をしているため、自分の弱点をしっかり理解しています。そのうえで、弱点を克服するべく頑張れる生徒が合格につながっています」
現状を捉える自己分析が早い生徒ほど、目標が明確になるので、受験勉強を前に進めることができるという。他学部ではみられないほどの高い競争率と難易度を維持する医学部受験。医師になるという高い志を忘れずに、万全の準備をして、医学部合格を勝ち取ってほしい。