2021年度で創立50周年を迎える聖マリアンナ医科大学。3つの附属病院と1つのクリニックを擁する一大医療拠点を形成しており、新型コロナウイルス感染患者に対していち早く医療を提供したことで、世界的な注目も集めている。キリスト教的な人類愛をベースにした同大学の教育の特色や、めざす医師像について紹介する。
新型コロナ対応に、建学の精神が息づく
聖マリアンナ医科大学は、1971(昭和46)年、敬虔なカトリック信者であった故・明石嘉聞博士によって創設された。「日本にキリスト教の理念に満ちた医学教育ができる医科大学を創りたい」という強い想いからだという。では、キリスト教の理念とは何か。今年(2020年)の4月から新たに学長に就任した北川博昭医師は次のように説明する。
「一言でいえば、『困っている人がいれば手を差し伸べる』というキリスト教的人類愛のことだと思います。医師は、そうした姿勢が強く求められる職業の一つであり、この姿勢は、本学だけに特化したものではありませんが、本学では、とくに聖書に登場するサマリア人のように、困っている人を見捨てず、自然に援助の手を差し伸べることができる医師を育成したいと考えています」
この理念は、6年間のカリキュラム全体に通底しているものだが、とくに重要なのが、1年次に実施される「宗教学」の授業だ。とはいっても、キリスト教そのものを教えているわけではない。
「医師は、生体臓器移植や再生医療、延命措置、出生前診断など、“いのち”に関する倫理的な問題に関わらざるを得ません。その際の向き合い方について、キリスト教が大切にする「生命の尊厳」に即して、何をどうしたらいいのかを深く考察し、責任を持って自律的な判断ができるように訓練しているのです」(北川学長)
キリスト教的人類愛は、同大学の附属病院が提供する医療にも貫かれている。現在、世界中に蔓延している新型コロナウイルス感染症に対しても、ダイヤモンドプリンセス号が来航した当初から、日本でいち早く感染患者の受け入れを始めているからだ。
詳細が不明な感染症に対処するため、患者と医療者の動線を明確に分けるゾーニングを速やかに行ったことは、BBCやnews23などの報道番組でも大きく取り上げられた。現在では、コロナ患者の重症者用に15床を確保しているほか、小児病棟や産科病棟などでも、子どもや妊婦の患者を受け入れる準備ができているという。
「医療者に対する風評被害も予想される中、こうした素早い対応ができたのは、本学のすべての関係者のなかに、『困っている人に手を差し伸べる』というキリスト教的人類愛が息づいていたからであり、建学の精神が、お題目や文言ではなく、実践的な活動に結びついている好例だと思います」(北川学長)
こうしたキリスト教的人類愛に立脚した治療の先駆的な取り組みの一つとして北川学長が附属病院長時代に熱心に導入を進めた「勤務犬」による動物介護療法は、そういった精神の体現とも言えるだろう。長期療養を余儀なくされている子どもたちの闘病意欲を向上させたり、慢性疾患で苦しんでいる高齢者の方々のQOLを高めたり、リハビリテーションをサポートしたりする、といった役割を「勤務犬」はしっかりと担っているという。実際に、疼痛の軽減や、情緒の安定、精神機能の維持などに高い効果を発揮している様子もうかがえている。
医師としての自覚を促す「早期体験学習」
医学部に入学する学生は、医師になりたいという強い意欲は持ってはいるものの、医学や医療に関する知識はほとんど持っていない。その意欲を持ち続けてもらうためには、早い段階で医療の世界を知ることが大切だ。そこで、1年次から、実際の医療の世界を体験する「学外早期体験学習」や「学内早期体験学習」をカリキュラムに組み込んでいる。人の一生と医療・福祉・介護との関わりがよく理解できるように、様々な現場に身を置くことで、医師としての自覚の芽生えを促しているわけだ。
「学外早期体験学習」では、たとえば、マタニティクリニックで胎児の超音波診断の現場に立ち会ったり、幼稚園や保育園などの幼児教育の現場で幼児と触れ合ったりする。人の「誕生」や「成長・発達」を見つめ、子どもとのコミュニケーションの取り方なども学ぶ。一方、高齢者施設や病院・診療所で人の「加齢・老い」に向き合うことで、高齢者とのコミュニケーションについても考える。さらに、重症心身障がい児(者)施設も訪問し、障がいと生命の尊厳についても深く考えていく。
「学内早期体験学習」では、救急車に同乗して現場に向かい、車内での救急救命士の処置を見学する「救急車同乗実習」をはじめ、「病棟看護実習」、「外来・小児保育実習」などを通して、医師としての人格を形成し、多職種連携の重要性などについても学ぶ。
「このような体験学習は、1年次だけではなく、2・3年次でも実施しています。4年次から開始される臨床実習にシームレスに接続することで、本学の学生は、患者やその家族にしっかり向き合う医療者としての態度を身につけていきます」(北川学長)
国際交流の機会を拡充し、リサーチマインドも育成
医療の世界はグローバル化が進行しており、日本の医学教育もここ数年で大きく変化している。世界医学教育連盟の提示するグローバルスタンダードに準拠したカリキュラムへの改革が加速しているからだ。聖マリアンナ医科大学でも、診療参加型の臨床実習が重視されるようになり、学生は「スチューデントドクター」として、指導医の下で実際の患者さんの診療に携わりながら、臨床の技術だけでなく、医師として必要な言動や行動を身につけていく。
医療のグローバル化に伴い、同大学では国際交流を充実させてきたが、その一環として、診療参加型の臨床実習を海外の施設で行う教育プログラムにも力を入れている。交換留学生として、提携大学での臨床実習に参加したり、その大学から留学生を受け入れて、国内の学生と共に実習をおこなうことで、価値観の異なる医療文化のなかで育った医学生同士が交流し、より良い医療の姿を模索している。
「現在、8大学等と提携を結んでいますが、将来的には提携大学数や派遣・受け入れ人数などを順次増やしていきたいと考えています」(北川学長)
もちろん、海外留学・研修をめざす学生のために、医学英語の実践的な授業も行なっている。ネイティブスピーカーの外国人教員により、授業はすべて英語で行われ、留学・研修先で必要とされる英語の4技能の強化はもちろん、留学に際して求められる英語資格試験のスコアをクリアするための力も伸ばしている。
医学教育においては、診療に携わる臨床医の育成だけでなく、医学や医療技術を進化させていく人材の育成も重要だ。その鍵を握るのがリサーチマインドだ。
「私自身、若いときに海外で研究活動に従事した経験から、医療を発展させていくには、リサーチマインドが重要なことはよく理解しています。ロサンゼルスでは、ECMO(体外式膜型人工肺)を使った研究に従事し、ニュージーランドでは、羊を使った研究を行いましたが、何年、何十年と経っているのにそれが現在にも大きく役立っていると、実感しています。臨床医としてのキャリアを重ねていく上でも、リサーチマインドは大変重要だと思っています」(北川学長)
リサーチマインドを身につけるには、学生のうちに研究に興味を持つきっかけを与えることが大切だ。そのため、今年度から臨床実習前の3~4年次生を対象に、リサーチプログラムを開始することにした。
「医学論文の読み方や、論文検索の意義を教えるといった初歩的な教育からはじめ、生理学や生化学、内科、外科といった枠を超えて基礎研究に触れられるような講義を行ったり、大学院生レベルの内容を盛り込んだりしながら、学生のリサーチマインドを刺激したいと思っています」(北川学長)
課外活動も利用しながら、コミュニケーション力を強化
医師に不可欠なコミュニケーション能力を伸ばす教育にも力を注いでいる。キリスト教的人類愛に支えられた良医をめざすには、患者の病気に起因する問題だけでなく、生活全体を理解し、寄り添うことが大切だからだ。それを実現するには、患者やその家族と、きちんとコミュニケーションできる能力が欠かせない。
同大学では、すでに触れた「早期体験学習」や「臨床実習」のなかで、指導医を通じてコミュニケーション能力を高める努力を行っているが、「最新コミュニケーション技法」などの授業科目を通して、コミュニケーションスキルを高める努力も続けている。
この授業は、コミュニケーションの基本である①「聴く・尋ねる・応答する」を全体の基盤として、②ディベート、③ディスカッション、④プレゼンテーション、⑤自己開発、⑥コーチングの6つの各論で構成されている。表面的な会話技術を高めるだけでなく、的確な自己表現力を養い、医師と患者という関係を超えて人間同士の相互理解を深められるような、双方向のコミュニケーション技術の習得を目指している。
「コミュニケーションは集団生活を通して磨かれる面もあるため、コミュニケーション能力を高めるには、クラブ活動も有効だと考えています。私の経験では、勉強だけをしてきた学生よりも、クラブ活動にも勉強にも打ち込んできた学生の方が、医師になってから伸びるケースが多いような気がします。クラブ活動を通して形成される人間関係は、医師として多方面で活躍する際にも生きてきますから、医学部に入学したら、できるだけクラブ活動に参加してほしいと思っています」(北川学長)
「コース別集中講義」で国家試験突破力を養成
医師になるには、国家試験に合格する必要があるが、聖マリアンナ医科大学では、そのためのバックアップ体制も充実している。
「従来の医学部のカリキュラムでは、臨床実習は5年次で修了し、その後は国家試験に向けた勉強に打ち込むことが可能でした。しかし、世界基準のカリキュラムを採用した結果、現在では6年次の前半まで臨床実習の期間が延びています。それに伴って医師国家試験も、2018年から1日減って2日間になりましたが、医学に関する非常に幅広い範囲から出題される状況は変わっていませんから、学んだ知識を体系的につなげていくことが特に重要になっているといえます」(北川学長)
そのために導入されているのが「コース別集中講義」だ。6年間の総仕上げともいえる総合医学教育の一環として位置付けられ、医師国家試験出題基準に準拠した臓器・疾患別の講義が、1〜2週間単位で集中的に実施される。各コースとも、6年間で学んだ学習内容を網羅的に扱い、さらに、各週金曜日には多肢選択問題の試験を実施することで、体系的な知識の定着を図っている。
「現在の医師国家試験では、臨床のスキルは問われていません。しかし、教科書で学んだ知識だけでは太刀打ちできず、臨床を踏まえた知識が求められています。また、2020年度からは、卒業前にPost-CC OSCE(臨床実習後OSCE)と呼ばれる臨床能力を測定する試験も全国の医学部で始まります。今後は、国家試験も含めて、臨床につながるような知識やスキルを高めていくことが必要になるため、本学でも、研修医同等のレベルまで思考力を高められる様な臨床の指導に力を入れていくことになります」(北川学長)
医師として活躍するには「探究心」が最も大切
医学部入試はかなり厳しい状況が続いているが、北川学長は、医師に必要なのは高い学力だけではないという。
「個人的には、医療は数学や理科が得意でなくてもできる分野だと思っています。同様に、国語力がなければできないとか、学業成績が極めて優秀でなければ医師にはなれないとも思っていません。医学は、初めて学ぶ人にとっては全てが新しい分野です。ですから、いろいろなことに興味を持って、自ら調べ、わからないところを解き明かしていきたいという『探究心』が何よりも大切だと信じています」(北川学長)
この「探究心」こそが、医学や医療をここまで進歩・発展させてきた最も大きな原動力といっていいからだ。
「ですから、入学したときの成績はあまり重要ではありません。むしろ入学後に、自分で調べて解決する習慣を身につけること、自ら学ぶ力を進化させることの方が、医師になってからの人生を大きく変えていくことになると思っています」(北川学長)
北川学長は、医学部受験生に向けて、次のようなエールを寄せた。
「高校生のときに花開いて現役合格する人もいますが、浪人を経て力を伸ばして大器晩成型の人、薬学部や歯学部を経て、社会人になってから改めて医学の道に進む人もいます。まずは人生設計をおこない、自分の進みたい方向に進み、物事を諦めず、夢にむかって走り続けることを惜しまないことです。私は次の夢に向かって走り続けています。」(北川学長)
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