医学部教育の現状
2017.01.10
第1回 「医師国家試験」~最後に待ちかまえている関門~
合格率は例年約90%と高いが入学後も学び続ける姿勢が求められる
医学部に合格したからといって、全員が医師になれるわけではありません。医学部は、他学部と比較して成績評価が厳格ですし、必修科目も多く、所定の単位数を満たしていなければ、進級することができません。4年次後期には、専門分野の理解度を測定する全医学部共通のCBTとOSCEというテストがあり、それをパスしないと5・6年次の臨床実習に進めないことになっています。そして、最後に待ちかまえている“関門”が医師国家試験です。たとえ医学部を卒業することができても、医師国家試験に合格しなければ、医師免許は取得できないのです。ですから、医師をめざすのなら、けっして医学部合格をゴールと考えず、入学後も一生懸命学び続ける姿勢を堅持することが大切になります。
ただし、医師国家試験の合格率は、他の国家試験と比べるとかなり高めになっています。ここ5年間の合格率は91.0%→91.0%→89.2%→89.3%→90.2%と、90%前後で推移しています。医学部の学生は入学時点から相当な学力を備えている上に、厳しい進級基準をクリアして卒業までこぎ着ける努力を積み重ねていることが、この高い合格率に結実しているのだと思われます。
ちなみに2012年度で最も合格率が高かったのは兵庫医科大学の99.0%。以下、自治医科大学98.1%、浜松医科大学98.1%、慶應義塾大学医学部98.0%、筑波大学医学専門学群98.0%の順になっています。
このように、全体の合格率が高いとはいっても、その一方で必ず不合格者が出ていることも事実です。2012年に全学生が合格した大学は1校もなかったわけです。合格率の高さを見て、甘く考えずに、きちんと対策を立てて臨むことが重要です。
最近では、医師国家試験対策として、専門予備校の授業をカリキュラムに組み込んだり、模擬試験を実施したりする大学も増えています。また、学生たちが自主的に集まって勉強会を開いている大学も少なくありません。ただし、「日々の授業をきちんと受講していれば十分に合格できる」という方針のもと、特別な対策講座はほとんど実施していない大学もあります。志望校でどのような対策が行われているのか、事前に調べておきましょう。
一般問題・実地臨床問題で65%以上、必修問題で8割以上の得点が必要
では、医師国家試験がどのような形で行われているのか、その概要を紹介しましょう。
試験日は毎年2月中旬で、今年度は2月9~11日に実施されます。試験地は北海道、宮城、東京、新潟、愛知、石川、大阪、広島、香川、福岡、熊本、沖縄の全国12カ所に設けられています。合格発表は3月下旬で、今年度は3月19日です。
出題されるのは必修問題100題と、一般問題・実地臨床問題400題です。それらがA~Iの9ブロックに分かれており、3日間で取り組みます。問題冊子は「問題文」と「別冊」に分かれており、「別冊」には「問題文」に関係する検査画像、写真、図などが掲載されています。解答方式はマークシートの選択肢型です。
必修問題は、プライマリーケア(初期診療における総合的な診断・治療)、医療倫理、患者の人権など、いわゆる医師としての常識問題です。医学部の授業に真面目に出席していれば、それほど難しい問題ではありません。その分、合格するためには8割以上の得点が絶対基準になっています。
一般問題は医学の専門分野に関する知識を問う問題で、配点は1題1点です。臨床実地問題は、症例文(長文を含む)を読んで、所見や対応を答える問題で、配点は1題3点です。一般問題、臨床実地問題は相対基準で判定されますが、過去のデータを見ると、合格するためには、一般問題は65%以上、臨床実地問題は60%台後半以上の得点が要求されています。
具体的な出題分野・内容については、4年に1回、厚生労働省から「医師国家試験出題基準(ガイドライン)」が発表されます。妥当な範囲、適切なレベルが項目ごとに整理されており、この出題基準に列挙された項目・疾患・症候に準拠した問題が出されます。また、この出題基準には「医師国家試験統計表(ブループリント)」も記載されています。年度ごとに出題割合を規定した表であり、年度によって出題分野が偏らないように配慮しているわけです。
この「ガイドライン」と「ブループリント」は厚生労働省のホームページで見ることができます。また、2005年度からは、実際の医師国家試験の問題と解答も厚生労働省のホームページで公表されていますから、興味のある人はアクセスしてください。
不適切な選択肢を選ぶと不合格になる「禁忌肢」問題も含まれる
ところで、医師国家試験では、気をつけておかなければならないことが1つあります。それは「禁忌肢」と呼ばれる問題が含まれていることです。
「禁忌肢」とは、生命に重大な損害をおよぼす選択肢や、医師としての倫理に反するような選択肢をあえて入れている問題です。年度によって異なりますが、2問、あるいは3問、不適切な選択肢を選んでしまうと、たとえ総合点が合格基準をクリアしていても、不合格になってしまいます。
しかも、試験後、どの問題が「禁忌肢」だったのかは公表されていません。そのため、対策が立てにくいのです。
とはいえ、現実には「禁忌肢」による不合格者はほとんどいないのが実状です。2010年度、2011年度もゼロでした。それほど神経質になる必要はなく、医師としてというより、人間として、生命の尊厳に対する真っ当な常識を備えてさえいれば、大丈夫だと思われます。
2013年度の医師国家試験から出題基準の見直しを予定
現在の医師国家試験は、医学の知識をペーパーテストで見る試験になっています。そのため、近年、それだけでは不十分で、医師に必要な人間性やコミュニケーション能力を評価する必要もあるのではないか、という声が聞かれるようになっています。
すでに欧米諸国の中には、模擬患者との医療面接を実施する実技試験を導入するケースが見られます。
そこで、厚生労働省では、2000年12月に「医師国家試験改善検討部会」を設置し、2011年6月に報告書がまとめられています。同報告書で提言された主な内容は以下の通りです。
(1)出題数は減らさず、現行の合計500題を維持し、学習到達度をきちんと見極める。
(2)一般問題を減らし、臨床実地問題を軸とした「基礎的臨床能力」を問う出題に重点化する。
(3)医師が知識不足や判断の単純な誤りによって、患者に深刻な損害をおよぼすことは許されないことから、「禁忌肢」の取り扱いは従来通りとする。
(4)国家試験へのOSCE(臨床能力を問う実技テスト)の導入については、すでに全医学部で実施されている臨床実習前のOSCEの状況を見ながら、引き続き検討する。
この提言を受けて、厚生労働省では「医師国家試験出題基準(ガイドライン)」を見直し、2013年度の国家試験から適用する予定です。報告書の内容を見る限り、それほど大幅な変更はないと考えられますが、皆さんが受ける頃の医師国家試験が若干変わる可能性があることは確かですから、大学に入学したら「ガイドライン」をチェックしておきましょう。
黒木比呂史〈くろき・ひろし〉
教育ジャーナリスト。筑波大学卒。NHKテレビ『教育トゥデイ』などで解説を務め、著書に『検証大学改革』『迷走する大学』『大学版PISAの脅威』〈論創社〉、『芝浦工業大学の21世紀戦略』〈日経BP出版センター〉などがある。