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医学部教育の現状

2017.01.10

第3回 「モデル・コア・カリキュラム」卒業までに必須の能力の到達目標を提示した

画一化を避けるためにカリキュラムの3分の1は大学独自の科目開設を促す

 本来、大学のカリキュラムは、それぞれの大学が独自の理念や特色に基づいて設定すべきものです。けれども、医学部の場合はやや事情が異なります。2001年度に、文部科学省の「医学・歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」から、「モデル・コア・カリキュラム-教育内容のガイドライン」が公表されました。それを受けて、現在、ほとんどの医学部が「モデル・コア・カリキュラム」に沿ったカリキュラムを編成しているのです。

 大学ごとの個性を失わせてしまう施策のようにも感じられますが、医学部に関しては、2つの理由から「モデル・コア・カリキュラム」が必要になったと考えられます。
 第一は、医師は人々の生命を預かる重要な職業だということです。当然、卒業時点で共通の能力を備えていることが求められます。万一にも、知識にもれが生じるようなカリキュラムが編成されていれば、医師に対する信頼が揺らいでしまいます。卒業までに最低限身につけるべき知識・技術を示すことで、それを防ごうという狙いがあるわけです。

 第二は、生命科学・医学や科学技術の進歩によって、医学の情報量が著しく増え、医学・医療の分野が専門分化、高度化していることです。限られた教育期間の中で、その膨大な知識・技術をすべて完全に修得することは困難になっています。そこで、最低限必要な教育内容を精選し、すべての医学部で共通に学ぶ仕組みづくりが重要になったのです。

 ただし、「モデル・コア・カリキュラム」を提示したからといって、それが画一化、没個性化につながることは、文部科学省としても意図していません。「6年間の医学教育課程のすべてを画一化したコア・カリキュラムの履修にあてることは正しくない。およそ従来の3分の2程度の時間数(単位数)で、モデル・コア・カリキュラムに示された内容を履修させることが妥当」という方針を打ち出しています。実際、ほとんどの大学で、カリキュラムの3分の1は独自の科目を開設しており、そこに大学ごとの個性もあらわれています。

「準備教育」を別建てで設定し、教養教育の重視を明確化

 「モデル・コア・カリキュラム」は「医学教育」と「準備教育」に分かれています。「準備教育モデル・コア・カリキュラム」をあえて別建てで設定したのは、良き医師を育てるためには、医学の専門知識・技術だけでなく、高い教養を備えていることが重要であり、けっして教養教育を軽視しているわけではないということを明確にする狙いがあったと思われます。
 「準備教育モデル・コア・カリキュラム」は、医学の専門科目を学ぶ前提として身につけておくべき基本的な事項が整理されており、以下の4項目で構成されています。
 

①物理現象と物質の科学/自然界を構成する物質と自然現象には、基本的な法則性があることを学ぶ。

②生命現象の科学/物質の科学を基礎として、生体の構成要素である細胞、細胞によって構成された個体の機能を理解し、生物がどのように地球上で進化適応してきたか、現在地球上でどのような相互関係にあるかを学ぶ。

③情報の科学/情報収集と情報交換の手段として不可欠な情報リテラシーを学び、根拠に基づく医学を実施するために必要な統計学の基礎と具体的な方法を学ぶ。

④人の行動と心理/患者の行動や心理を理解し、円滑な医療を進めていくために必要な基本知識や基本的な考え方を学ぶ。

疾患ごとに身につけるべき能力をきわめて具体的に記載

 一方の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」は、「医師として求められる基本的な資質」を、「医師としての職責」「患者中心の視点」「コミュニケーション能力」「チーム医療」「総合的診療能力」「地域医療」「医学研究への志向」「自己研鑽」の8つの視点から明確にするとともに、卒業までの学習の流れ、全体像が把握しやすいように、以下の7項目で構成されています。
 

①基本事項/医学部生が最も身につけるべき「患者中心」の医療を学ぶ。

②医学・医療と社会/医療が関わる社会的側面を学ぶ。

③医学一般/生命科学の基本的知識と、疾患の病因と機序を学ぶ。

④人体各器官の正常構造と機能、病態、診断、治療/疾患の診断・治療に必要な人体の各器官の構造や働きを学ぶ。

⑤全身におよぶ生理的変化、病態、診断、治療/全身的な正常状態と病態を学ぶ。

⑥診療の基本/臨床実習前に修得しておくべき態度、診察技能、診断と治療を学ぶ。

⑦臨床実習


 すべての項目において、到達目標が具体的に明示されており、たとえば「頭蓋内圧亢進」の到達目標は「脳浮腫の病態を説明できる」「急性・慢性頭蓋内亢進の症候を説明できる」「脳ヘルニアの種類と症候を説明できる」ことが到達目標になっています。

2010年度の改訂で地域医療への意欲を喚起

 この「モデル・コア・カリキュラム」は、いったん策定されたからといって、不変のものではありません。医療を取り巻く環境の変化に応じて、柔軟に対応することが重要であり、実際にこれまでに数回、改訂されています。
 2010年度の改訂は、欧米諸国の医学教育カリキュラムの現状を踏まえて実施されました。具体的には「基本的診療能力の確実な修得」「地域の医療を担う意欲・使命感の向上」「基礎と臨床の有機的連携による研究マインドの涵養」の3つの観点から検討されました。

 とくに注目されるのが、地域医療への意欲を喚起することが盛り込まれたことで、実習において、地域医療を担う関連機関と連携し、学生に多様な現場で患者や地域の人々に接する機会を設けることが強調されています。
 また、研究マインドの涵養に関しては、「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の「基本事項」の中に、「医学研究への志向の涵養」という項目が新設されました。この背景には、近年、臨床医志向が強まり、医学の基礎研究に携わる人材が不足していることへの危機感があると考えられます。

黒木比呂史〈くろき・ひろし〉

教育ジャーナリスト。筑波大学卒。NHKテレビ『教育トゥデイ』などで解説を務め、著書に『検証大学改革』『迷走する大学』『大学版PISAの脅威』〈論創社〉、『芝浦工業大学の21世紀戦略』〈日経BP出版センター〉などがある。

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