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Doctors' File 〜医師語一会〜

2018.01.31

【若手医師インタビュー:阿部智史先生】地域の在宅医療と高度医療を提供する大学病院とをつなぐ架け橋になりたい

東海大学医学部付属病院総合内科で働く阿部智史先生は、一旦は医学部受験を中断し、フリーターとして働いていたという異色の経歴を持つ。将来は、特定の臓器や疾病の専門家というより、地域に根ざし、どんな病気にも対応できる地域医療の専門家として活躍すべく、総合診療の領域で研鑽を積んでいる。医師になるまでの経緯や将来の抱負なども含め、現在の仕事内容について伺った。


風邪から敗血症ショックまであらゆる内科系の疾患に対応

─総合内科とはどのような診療科なのですか。

阿部 東海大学医学部付属病院には全部で36の診療科がありますが、内科系は循環器内科や消化器内科など臓器別になっていることが多く、それぞれの臓器についての専門診療を行っています。これに対して総合内科は、内科系の疾患全般を診る「総合診療」、重症患者に対処する「集中治療」、感染症に特化した「感染症専門」の3つの領域を備えた、簡潔にいえば、内科に関する疾患ならすべてに対応する診療科ということになります。

 三次救急医療機関である大学病院の場合、通常は一次救急や二次救急の病院で扱えないような難しい症例の患者さんばかりを診ることになります。しかし、東海大学医学部付属病院は、都市部から田園地帯、中山間地域までを抱える地域に立地する地域医療の拠点病院でもありますから、総合内科では、風邪などの一般的な疾患治療から、敗血症ショックなど重篤な症例のICUでの治療まで、幅広く行っています。

担当している患者をじっくり診るチーム回診に最も力を注ぐ

─医師としてどのような1日を過ごされているのですか。

阿部 病棟勤務の日は、毎朝7時45分から8時まで英語の勉強会があり、8時からは、前夜に救急搬送された患者さんに対するカンファレンスです。当直医師によるプレゼンを経て治療方針などを議論し、その日の担当医に引き継ぐか、必要に応じて専門診療科に移します。

 その後、チームカンファレンスを行います。総合内科では5~6人の医師がチームで診療します。全員が、すべての患者さんの状況を確認したあと、全員で回診します。特別な手術や手技のない診療科ですから、この回診にはかなり力を入れています。患者さん一人ひとりをじっくり診て、症状を議論し、解決策を考えるといった一連の診療をチームで行っています。回診後は、輸液の変更や検査依頼などのオーダー業務を行い、昼食を取ります。午後3時頃から再び回診を始め、午前中に指示した解決策が効果的だったかどうかを検証していきます。それが夕方頃まで続きます。

 週2~3回は、午後5時から再びカンファレンスを行います。難しい症例について全員で考える回と、医学部5年次の学生を対象にした回があります。医学生対象のカンファレンスでは、NHKのテレビ番組「ドクターG」のように、患者さんの訴えや検査結果から、どんな疾患が考えられるのかを学生たちに考えさせています。

 以上が病棟勤務の日の通常のスケジュールですが、総合内科ではICUも担当しているため、患者さんが急変した場合は、その対応が最優先になります。

─外来の患者さんを診ることもあるのですか。

阿部 週に1~2日は外来を担当します。朝8時のカンファレンスに参加し、チームカンファレンスに少し顔を出した後は、一日中「総合内科外来」で患者さんを診ています。

 また、週に1回は外勤で、長期療養型病院である湯河原中央温泉病院に通っています。三次救急の大学病院では全力で治療し治癒を目指す医療、湯河原では緩和ケアなどの終末期医療と、内科医としてバランスの取れた診療を行うことができていると思っています。

フリーター経験を通して人助けをしたいという原点に立ち戻ることができた

─ところで、なぜ医師になろうと思ったのでしょうか。

阿部 往診医だった祖父の影響です。地域の人に愛されながら、人助けをしている様子を見ながら、自分も祖父のようになりたいと思い、祖父への憧れから医学部を受験したのですが、不合格でした。浪人して再挑戦しようという気持ちもありましたが、中途半端な気持ちで浪人しても無駄な時間を過ごすことになると思って受験勉強をやめました。

─医師になる夢を諦めたのですか。

阿部 というより、どうしても医師になりたいという気持ちを自分のなかに確認できなかったのだと思います。それで高校卒業後は、ファミリーレストランで週6日くらい働くフリーターをしていました。ところが、それから2年半ほど経った頃、転機が訪れました。店長に就職を勧められたのです。

 店のことにはだいぶ詳しくなっていましたから、就職した後の人生もおおよそ想像できました。しかし、いざ決断を迫られると、「このままでいいのか」と自問する自分もいました。そこで、もう一度真摯に自分に向き合ったところ、やはり祖父のように人を助ける仕事に就きたかったのだという原点に立ち返ることができたのです。それから受験勉強を再開し、東海大学医学部に入学することができました。

スポーツやボランティア活動で充実するも、英語習得に後悔が残る学生時代

─医学生時代はどんなことに打ち込んだのですか。

阿部 勉学以外では、スポーツとサークル活動です。東海大学はもともとスポーツが盛んな大学で、医学部のリーグでは柔道とバスケットボールは日本一のレベルです。私は野球部に所属し、日々練習に打ち込んでいましたが、この部活動の延長線上で、部活動を統括する学生会にも所属することになり、5・6年次は会長も務めました。

 一方で、小児ボランティアサークル「こども病院部」のメンバーでもありました。付属幼稚園を訪問して、ぬいぐるみを使ったお医者さんごっこなどで医師に対する警戒心を解いたり、健康に過ごすために手洗いやうがいを指導したりする活動のほか、小児科病棟で病児の遊び相手になったり、食事の介助をしたりといった活動に力を入れていました。

─医学の領域ではどのようなことに興味を持ちましたか。

阿部 ウイルスや細菌、寄生虫などに関する基礎を学ぶ「感染と防御」という科目が興味深く、選択科目でも、感染症の原因菌を観察する科目を選択しました。総合内科は、多くの感染症を扱う診療科ですから、そのときの関心が現在につながっているともいえます。

─いつごろから自分が専門とする診療科を意識し始めましたか。

阿部 手術が好きなら外科系を選ぶのでしょうが、私の場合は外来見学などを通して、対話によって患者に寄り添いながら治療を進めていくことに惹かれていたため、内科系だろうと思っていました。小児ボランティアサークルの活動を通して子どもと身近に接していたこともあり、子どもの内科ともいえる小児科もいいかなと思っていました。ですから、初期研修は小児科に強いとされる埼玉県の済生会川口総合病院で行い、後期研修先には小児科も含め内科の総合力を高められる母校の総合内科を選んだのです。

─学生時代にもっとやっておけばよかったと思われることはありますか。

阿部 英語をもっと勉強しておけばよかったとまじめに後悔しています(笑)。英語は日常の診療に不可欠です。総合内科には様々な患者さんが来院しますが、一般的でない症例は教科書には載っておらず、英語の文献を読んだり、エビデンスに基づいた臨床支援サイト(英語)などに当たったりしなければ治療が始まりませんし、執筆した論文を英語に翻訳することも必要です。医師の仕事では英語が非常に重要だということを、ぜひ医学部受験生の皆さんにも知っておいてほしいと思います。

患者と家族、医療関係者の誰もが納得できる医療のためには対話が重要

─総合内科医としてのやりがいはどのあたりにあるのでしょうか。

阿部 様々な診断ツールが揃っている大学病院だから当然だとはいえ、やはり地域のベテランの先生方が診て分からなかった患者さんの疾病について診断ができ、治療して元の先生にお伝えできたときは、大学病院の医師としての役目を果たせた喜びを感じます。

 また、ICUのある総合内科に務めているおかげで、患者さんの急変に対する対処能力も高まったと感じています。先日、運転中に目の前の車が正面衝突の交通事故を起こす場面に遭遇したのですが、躊躇なく駆け寄って心停止した運転手に心臓マッサージを行い、救急車内で適切な蘇生処置を行うことができました。また、地域のマラソン大会の救護室に詰めていたときも、倒れて心停止したランナーの心肺蘇生に成功しました。もし、日常的にICUを担当していなかったら、院外でそういう場面に遭遇したとき、素早く冷静に蘇生処置を行える自信はなかっただろうと思っています。

─逆に、医師として大変だと感じていることはありますか。

阿部 最も難しいと感じるのは、意思疎通ができない患者さんに対して、現在の医療では助けることができず限界を感じているときに、ご家族から「どうしても助けてほしい」と懇願されたり、その反対に、もう少し集中治療を続ければ助けられるのに、ご家族から「もう歳ですから治療はけっこうです」と言われたりした場合の判断です。いずれにしても、患者さんのご家族と情報を共有しながら、関係者全員が納得できる道を模索していくことになるわけですが、内科の医師にとって一番大切なのは「対話」だと、つくづく感じるようになりました。

総合診療で幅広い対応力を身につけて地域医療の現場で活かしたい

─今後の抱負をお聞かせいただけますか。

阿部 しばらくは、このまま総合内科で修行し、実力を高めるつもりです。東海大学医学部付属病院は、家庭医専門専修施設として有名な亀田ファミリークリニックと提携しているため、来年度はこのクリニックで1年間研修を行う予定です。そこで学んだものを東海大学医学部付属病院での診療に活かしたいと思っていますし、新しく創設された「総合診療専門医」の資格も取得するつもりです。

 将来的には、やはり祖父のような在宅診療医をめざすつもりです。今後は高齢者医療や在宅医療のニーズが高まり、福祉施設との協働も重要になってくるはずです。湘南地域でそうした地域医療に携わりながら、東海大学医学部付属病院の若手医師を指導するなど、地域に根ざした地域医療と、高度医療を提供している大学病院とをつなぐ架け橋的な役割を果たしていきたいと考えています。

スタートの後れや寄り道も医師になってしまえば帳消しに

─最後に、受験生に何かメッセージをいただけますか。

阿部 私の経験が参考になるのは、たぶん浪人している人たちだろうと思います。浪人していると、医学部でなくてもいいか、大学に行かなくてもいいかといった「逃げの気持ち」になることもあるでしょう。私もそうでした。しかし、今では、そうして悩む時期も必要だったと思っています。悩んだからこそ、医師へのモチベーションの原点に立ち戻ることができましたし、一度、横道にそれたからこそ、「絶対に医師になってやる」という強い気持ちを持つことができたからです。

 それに、悩みながらであっても、医師になってしまえば、それまでの苦労や寄り道は帳消しになります。たとえ浪人しても、合格すれば全員一緒にスタートラインに立つわけですし、国家試験に合格すれば研修医のスタートもみんな一緒です。とりわけ東海大学医学部は、日本で最も多くの学士入学者を受け入れているため、年齢でいえば3浪の年代として入学した私も、まったく違和感を抱くことはありませんでした。受験生のみなさんには、1度や2度の失敗で挫折することなく、最後までやり抜いてほしいと思います。

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